集団の意思と、個人の意思と
コロナ関連の助成金の不正受給のニュースがありました。
助成金の不正とか品質検査の不正とか談合といった様々な悪事が、
会社にも役所にも、まだまだ沢山ありそうです。
職場という組織の悪事に引っ張り込まれる、善良な個人も少なくないでしょう。
努力して勉強し、努力して就職し、職場の命令に忠実に従って生きてきた真面目な人が、
悲惨な運命に陥るというのは昔からあります。
そういうことについて、真剣に考える機会をくれるのが、
遠藤周作さんの小説『侍』じゃないかと思います。
遠藤さんの作品は『沈黙」『深い河』そして『海と毒薬』があまりにも有名ですが、
この『侍』も凄い作品だと思います。
大好きな小説とはどうしても言えないけど、ある精神状態の時にどうしても読みたくなるタイプの小説です。
江戸時代初期の侍の物語ですが、今を生きるあらゆる人にとって切実な物語だと思います。
藩という集団の意思に振り回される、命令に従うしかない人間が描かれています。
職場の命令に従うしかない、労働契約で働いている人たちはもちろん、経営者の人にも切実な話です。
経営者の人だって、お客さんから不正を持ち掛けられることがありますからね。
『一番偉い人』にとっても切実な物語かもしれません。
『一番偉い人』であっても集団の意思に逆らえず、流されてしまうことがありますから。
遠藤さんが凄いのは、そういう集団の意思の恐ろしさ、残酷さを描くだけでなく、
個人の意思についても鋭い描き方をしているところです。
今の時代「自分らしく生きていきたい」と言う人、少なくないですよね。
「自分に嘘をつかずに、わたし個人の意思に従って、私らしく生きていきたい」
と堂々と迷いなく言っている人は、それが良いことであるという価値観だと思うんですけど、
本当に良いことでしょうか?
あなたが自分らしく生きることが、誰かを不幸にするとしたら、どうでしょう?
例えば、実家が会社を経営していて、あなたが引き継がないと廃業する状況で、
自分らしく生きるために俳優を目指してフリーターになるというのは、良いことなのかということです。
小説の中では、
『自らの意思で、行かなくていい場所へ行き、広い世界を見た男』が描かれます。
彼の人生について考えてみるのは、価値のあることだと思います。
もっと大きな意思かもしれないものが、見えてくるかもしれません。
【今回の本】
『侍』遠藤周作