『極楽征夷大将軍』垣根涼介
極楽征夷大将軍 (文春e-book)
室町幕府の初代征夷大将軍になった
足利尊氏を中心に描いた時代小説
『極楽征夷大将軍』(著者:垣根涼介)は
組織の中で働く全ての人が
面白く読めそうな一冊です。
組織と個人について色々と考えさせられます。
【人間の能力と魅力】
数年前まで、高い収入が欲しかったら
優れた学歴と価値のある免許・資格、
そして良い職歴が必要だと言われました。
「頭が良くなければ高収入の仕事は諦めろ。」
ということでした。
しかし今、
AIの進化が凄まじいことになっています。
「頭が良い」ことの価値が揺らいでいますよね。
本当に「頭が良い」ってどういうことだろう?
ということを真剣に考えることが
必要な時代になりました。
『極楽征夷大将軍』を読むと
そういうことも考えさせられます。
足利直義、高師直、後醍醐天皇、楠木正成など、
様々なタイプの頭の良い優秀な人物が描かれます。
それに対して主人公である足利尊氏は
「やる気なし。使命感なし。執着なし。」
そして頭も悪そうな人物として描かれています。
最高権力者として最後まで生き残るのは
「頭の良い優秀な人」ではない足利尊氏です。
足利尊氏は
血筋が良いから祭り上げられた人でもありませんし
運が良かっただけの人でもありません。
魅力があった人です。
その「魅力」というものは、
これからの時代に重要でしょう。
「魅力」はAIで代替できない
可能性が高いからです。
辞書を見ると
「魅力とは人の心を引きつけて夢中にさせる力。」
となっています。
走るのが速いとか、計算が速いといった「能力」が
「魅力」になることもあるでしょう。
しかしそういう「魅力」はAIと機械にもあります。
人間にしかない「能力とは違う魅力」というものを
考える時、この『極楽征夷大将軍』という作品は
良いきっかけになってくれます。
【組織の中の成功と死】
人間というのは不思議な生き物で、
集団にならないと生きていけないのに、
集団になると殺し合いを始めます。
『極楽征夷大将軍』の登場人物たちもそうです。
集団になって力を合わせて、
凄いことを成し遂げるのに、仲間と殺し合う。
殺し合いまでにはなりませんが、
組織内での争いは今の時代もいたるところに
ありますよね。
そういう争いは本当に不毛なことが多いです。
例えば、企業での商品開発部などでは、
頭の良い優秀な人が
素晴らしい新商品を完成させたというのに、
社内に深刻な対立があって
「あいつの手柄になるくらいなら、
大失敗で会社が損する方が俺は嬉しい。」
という人が足を引っ張って、
新商品が販売できなくなる事態が起きたりします。
会社も自分も不幸になるのに、
他人を失敗させようとする人がいるのです。
似たようなことは
あらゆる組織で起きていますよね。
頭が良くて優秀な人でも成功できない。
それどころか死に追い込まれることさえありえる。
「優秀だから成功するが
優秀だから不幸になる。」
そういう人間の現実を考える時にも
『極楽征夷大将軍』は役に立ってくれる
作品だと思います。
それから、この作品が面白かった人は、
司馬遼太郎さんの「項羽と劉邦」も
面白く読めるんじゃないかと思いました。
項羽と劉邦(上)(新潮文庫)