何もない人生のあとに残ったもの

年末、おせち料理の準備をしながら

軽く飲んでいた時のことでした。

「弟が死んじゃってさ。

 部屋の片づけと遺品の処分を

 手伝って欲しいんだよね。」

そう言われて、手伝いに行った先で

これも幸せな人生かもしれない

と思ったお話です。

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【50代、一人暮らし】

亡くなったのは

50代の男性。

独身。

非正規雇用のような

個人事業主のような

なんとも言えない働き方の

料理人。

ここまでの情報だと

貧しく一人ぼっちで寂しい男の

孤独死を連想しそうです。

でもそうではなさそうだと

片付けに行って思いました。

まず暮らしていた部屋がなかなか良かった。

一人で3LDKの賃貸マンションに

住んでいました。

料理人というのは

仕事が不安定でも

稼げる人は凄く稼げる仕事です。

部屋の中を見ても

お金に全く困っていなかったんだな

という感じでした。

高級ワインなどがたくさんありました。

他に沢山あった物は

絵でした。

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【酒を呑む。絵を描く。それが人生の全て。】

残された絵は全て、

その料理人が自分で描いたものでした。

上手いし、良い絵でした。

めぐりあわせによっては

画家として成功していても

不思議じゃないと思うほどです。

「二科展とかに出したら?

 画家になりたいんじゃないの?って

 若いころから何回か訊いてみたけど、

 めんどくさいから、そういうのはいい。

 描くだけでいいんだって言うのよ。

 酒飲んで、好きなように絵が描ければ

 あとはどうでもいい。

他のことは全部めんどくさいって言うの。」

お姉さんはそう教えてくれました。

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【良い人間関係】

残された絵の中には

肖像画が何点かありました。

美しい女性の肖像画です。

そしてその女性の写真も

たくさん残されていました。

想像上の、ではない

実在の美しい女性の肖像画。

モデルと画家という人間関係は

寂しいものではないでしょうね。

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【苦しみも無く】

死因は心臓の異常で

急激な心停止だったそうですから

すごく痛かったでしょうが

長い苦しみの末の死という訳では

なかったようです。

自分でどう思っていたのかは謎ですが、

お姉さんから見ると

淡々とした人生に見えたそうです。

劇的なことが何もない人生。

画家として世に出ることなど

最初から望まず

料理人としても特別ではなかった男。

お金にも名声にも縁の無かった男。

結婚もせず、子もいなかった男。

そういう男の生きた後には

絵という作品が残って

そこには良い人間関係が感じられる。

羨ましいですね。

これも幸せの一つの形だと思いました。

一般的な幸せとは違うでしょうが

自分の好きなように生きた

ということだと思いました。

貧困で苦しんだとか

病気で長く苦しんだということも

なかったようですから

なおさら強く、

幸せな人だと思いました。

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撮影:Takayuki Uchiyama